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名古屋市中村区, 愛知県, Japan
名古屋市中村区在住。情報・通信関連企業に現在勤める。初等・中等教育機関様、高等教育機関様に対して営業させていただいております。将来を担う全世界の学生にIT技術を用いた環境を提供したいと思います。世界における子供たちの機会均等を実現したいと考えています。 合わせて名古屋市中村区情報を発信していきたいと思います。

世界の自然-Real Nature

世界の自然-Real Nature
自然を眺める時間も必要ですねっ^^v

2009年11月12日木曜日

アングロサクソンと日本の成功の法則?

右系の某会合に参加。

アングロサクソン文化と日本文化の成功の法則は異なる。

アングロサクソン成功 = 計画立案力 × 実行力

日本成功 = 計画立案力 × 実行力 + 礼儀 + 根回し力

礼儀と根回し力が異なるようです。

同感です。

スクラップアンドビルドを基本とする文化と、長い歴史をもつ日本文化。

礼を尽くし義を貫くこと。そして、夫々の立場を慮り、相手の立場を考える日本文化の違いがあると思います。

アメリカは、競争、打ち負かす、スクラップアンドビルドの文化。日本は、相手を思いやる、強調、積み上げの文化だと理解します。

占いによると、私は、11月は、目上の方々の話をよく聞く必要があるという事です。

2009年11月8日日曜日

カトリックにおける人格形成プロセス-マルコによる福音-

 今日は日曜日。嫁と教会へ行く日です。朝から教会に行ってきました。嫁を理解するため、ヨーロッパ含むカトリック教の文化を勉強するため、1週間の自分の反省をするため、教会にここ1ヶ月一緒にいっています。カトリックに関して、興味があることは、教会システムです。カトリック信者は、毎週、地域の教会に通っています。

キリスト教の前提は、人は、罪を犯すという性悪説から入っています。面白いと思うのは、人間は罪を犯す存在でありながらも、教会に毎週、懺悔し許しを請うことです。人は、現実社会を生きていく上で、過ちを犯す。しかし、カトリックでは、教会に毎週通い、神へ懺悔し、神に許しをを請います。つまり、カトリックとは、帰納法的な展開をし、仮説・検証プロセスを繰り返す事により人間形成を行うシステムだと理解しています。これがキリスト教が現在でも行き続ける最大の理由かと考えています。

仮説とは、人間とはこういった生き方であるべき(聖書と福音)というのががあります。検証とは、現実の社会の中で生活し、間違いを起こします。そして、間違いを毎週、日曜日に通う教会で、懺悔し、心新たに1週間をすごします。毎週、このサイクルを通じる事で、人間形成を行っています。

カトリック的生き方の人間形成プロセスを日本人は、学ぶべき事があるのではないかと考えます。日本人に、宗教は?と質問した場合、多くは、仏教を挙げる場合が多いかと思いますが、本当に信仰しているかといえばそうではないと理解しています。例えば、親が浄土宗だからとか、そのような理由で、仏教を信仰している人は殆どではないのではないでしょうか。

世界を見て、日本ほど、無信仰な、そして人工的に作り上げられた国家はない(社会主義国を除く)のではないかと思います。経済面では、資本主義経済化が発達してきています。一方、歴史・宗教・文化面では、戦後スクラップされ、そして、歴史・宗教・文化がスクラップされ、資本主義経済がビルドされ、人工的に拝金主義化させられた気がしますが。。
(*ご参考:スクラップ・ビルドは、経営用語です。人工的に全てを変えてしまうつもりの・・・)

全て否定するわけではありません。生活する上で必要な欲求があり、「拝金主義」は、完全否定ではないです。しかし、「金」=「要望・欲求」を満たすものと考えた場合、金を稼げば稼ぐほど、人間の欲が激しくなり、そして、競争が激化します。

資本主義経済が高度化すればするほど、貧欲に「欲求」を満たす世界が求められます。ワールドワイドが伴った場合を想定すれば・・・倫理観が崩壊した中で、欲求が全て満たされる世界を想像するとどうなるでしょうか。私は少し怖い社会ではないかと危惧しています。

本日、教会での福音は、「金」及び、「生き方」に関してのお説教で、マルコの福音書からです。キリスト教の伝道師パウロが、福音書の中で自身の存在として描いている「マルコ」の福音書です。(福音書とは、キリストにより啓示された神の救いの教えを意味します。)内容は、お賽銭に関するテーマです。内容に関しては、以下の通り。



左記内容を要約すると、金持が予算の中からある程度の賽銭を入れた。貧乏な人が金額は少ないが全財産を賽銭に入れた。そして、その状況をイエスが見ていて、貧乏な人が、最も多くの賽銭を入れたという事を書いています。

この福音の意味は、全ての金銭・財産を全て、神に投げ捨てた貧乏は、人生の全てを神に全てを委ねるという事を意味しています。

「神に全てを委ねる」という表現は、ソクラテス流にいえば「より善く生きる」、日本流にいえば、「武士道」を体言化するように生きようとするでしょうか。。

要は、自分自身の欲求を満たすための「金」以外に、心安らかになれる「愛」があるのではないかと。

現実の資本主義経済下、「金」は必要です。生活するためにもちろん必要になります。しかし、「金」ばかり求めていると、本当に大切な物が見えなくなるという福音だと認識します。







私自身、いろいろと問題があり、この福音に記載される貧しいやもめの状態になりましたが、今、お金が無くとも大切な物が見えてきた気がしています。

カトリックは、日本文化にそぐわない点があるかと理解します。しかし、カトリックの「教会システム」と同様の人間教育・倫理観に関して、仮設・検証プロセスを含む教育を組み入れる必要があるのではないかと感じます。システムとして、「場」の提供、「機会」の提供、「内容」の提供が必要でありかと考えています。日本では、この実現の主体が、良心のある地域に密着した、非政府組織(NGO)がヒントになるのかなと考えます。

2009年11月6日金曜日

クラウドコンピューティングの勝者に関するアンケート

クラウドコンピューティング本格化の様相

本日(=11月6日)の日経新聞より
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20091106AT2D0502V05112009.html
NECは、市場増資により1500億円調達を行う様子。この投資は、クラウドコンピューティング事業に投資する。

マイクロソフトでは、CEO スティーブバルマーよりOS・クラウド連携に関する記事が出ている。
95億ドル/年(1ドル90円で、8550億円)をこの連携技術に投資している。
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=AS1D0503L%2005112009
音声・手振りなどを使う入力技術を開発。クラウド連携を目指しているという。

クラウド化は、現実レベルで確実に進展している。また、マイクロソフトは、さらに1歩先を見ている。
コンピュータへの入力技術をより人間技術に近づけ、IT利用人口の裾野を広げ、クラウドとの連携まで考えているところが凄い。

開発の投資額の観点では、投資力の差が歴然。規模が大きく異なる。日本のネット企業の勇である楽天は、電子マネー「Edy」の運営会社の子会社化をすることを発表しており、ここ1~2年がクラウドの勝負の年になると考えられる。日本は、日本語文化圏に守られう一方で、主に英語圏を中心とするIT産業の輸出は難しいと思われる。Google、Microsoft、Yahoo!Apple、日本では楽天やNTTグループが夫々の戦略鮮明にしてきている。

投資力・総合力では、マイクロソフトに対して、Googleが正面向かって対抗している。楽天は、日本というマーケットで、付加価値をつけていくのか・・・これまで隠していた技術が明らかになってくる。

2009年11月2日月曜日

クラウドコンピューティングについて考えてみる

マイクロソフト、IBM、NECなどなど最近、クラウドコンピューティング関連をテーマとした記事が日経新聞市場で活発化しています。

オブジェクト指向、ASP、SaaS、PaaSからクラウドコンピューティングへ情報技術の発展・インターネットの発明以降、情報・通信業界では、同様の概念を様々な言葉で表現されてきた。クラウドコンピューティングの本質とはどこにあるのか考えてみたい。

①技術的面:「共有」 IT産業は共有の文化。プログラムの流用から始まり、オブジェクト指向、サービス思考と対象が、プログラムレベルから現在は、ハードウェア、データベース、プログラム、オブジェクトレベル、開発環境レベル、そしてお客様が直接利用するサービスを対象とし共有が進められる。

技術面で競争優位にある企業はどこなのか。Sales Force.comでは、PaaSを以前から訴えており、彼らが提供するツール上でのアプリケーション開発を訴えている。Googleには、Appsの開発環境がある。そして、GoogleとSales.Forceは、提携している。これらはMS及びOracle,SAPへの対抗策として、2社間に戦略上のメリットがあると考えられる。Googleは、MSを見ている。どこまで対抗できるか。クラウドを前提としたプラットホームの構成要素は、PG・DB・PG開発環境・N/W環境・H/W環境に依存すると思われる。
MSはフルラインで対応可能である。Azure,SQL,VB,VC++(.net Frameworkを含む),セキュリティ,仮想化,データセンター,そして、クライアントOS・アプリケーションである。

クラウドコンピューティングの課題は、セキュリティ面である。セキュリティ技術・暗号化技術と、ハッキングやウィルスなどの問題。これは、結局、常に追っかけあいである。(情報量的安全性を追求すれば、平分以上の鍵を利用すればよいのであるが、それなら平分自体の鍵を送る方法で送ればいいというわけの分からない結果になる。)現実的な解は、各企業及び団体は、情報の機密性と、セキュリティ技術の進歩や法整備のリスクを鑑みクラウド対応すべき範囲を限定すると想定される。


②経済面:「経済性」
費用対効果。①の共有の対象が広がる事によりサービス内容対するコストが、自前で情報部門を持ち構築・運営していた場合と比較し、経済性が高まる可能性がある。費用対効果が担保できるクラウドであるなら、①の技術を利用し②の経済性の観点からクラウドは経済性の観点から進んでいくと思われる。

IT業界は、コピーの文化。共有の文化。本来労働集約的であるIT業界は、労働集約を知とし、その成果物であるプログラムを共有化・ライセンス化により進展してきた。共有のレベルを考えていくと、独自構築→パッケージ→クラウドということになるのか。
クラウドとは、サービスレベルまで共有する。そして、最近では、Cloud to Cloudという言葉まで出始めている。コストダウンの成否は、1サービスに対する共有数(=サービス提供数)で単価が、価格決定に大きく影響を及ぼすと考えられる。営業力・提供サービスのレベルが、サービス提供数に影響力を及ぼすと考えられ、規模の経済が影響を及ぼすと考えられる。外資系大手メーカーが、日本文化の適合性をいかに保てるかがポイントになると考えられる。

日本においてのクラウド化を考慮した場合、日本語文化圏となるため英語圏と比較し、日本独自のクラウド化が進む可能性が考えられる。日本内でもメガ・コンペティションになるのは必死だが、日本の商習慣を含め各SI'er・メーカーがどのような戦略で望み、どのような提携戦略を立ててくるのかを見守りたい。


③社会への影響の本質:「形而上学的認識の変化(=存在に対する認識)」
①の共有では、情報技術における共有とは様々な共有がある。クラウドコンピューティングが目指すべきは最終的にはサービスである。具体的には、Sales Force.comが提供するCRMや、会計システム、データ分析など企業の業務に直結する部分まで、各システムのリプレースを迎える企業を中心にエンタープライズマーケットは急速に展開すると考えられる。

存在の問題は、クラウド上の存在とは他者へ存在を与えられ影響を及び、情報を提供しあたえる存在。この影響力があるものが対象になるかと考えら得る。そして、危惧される点は、影響の及ぼし方である。B2B、B2C、C2C含めクラウド上での取引が多くなり、クラウド上の存在である人・企業・官公庁の影響を及ぼす方法を大きく変え、また、影響を及ぼし及ぼされる存在自体も変化する存在が変化してくる可能性がある。

PC、携帯、ロボット、カメラや、家電製品なども人工知能を得る事によりクラウド上の一つの存在になりえる可能性もあり、また、これらの存在が、人・企業・官公庁へ影響を及ぼす可能性も出てくる。

クラウドの出現は、人と人が触れ合うという機会をより一層、減らし人間的な繋がりを希薄なものにしていく可能性がある。
クラウドは、世の中をより便利な社会に変えていくと考えられる。その一方で、人と人との付き合い方、また、セキュリティなど想像できない社会現象を引き起こす気がする。

2009年11月1日日曜日

映画「私の中のあなた」(my sister's keeper)

10月31日「私の中のあなた」を見に行きました。両親と白血病の長女、長男、ドナーの次女。キャメロンディアスが母親役の映画です。近代的なテーマである、「科学時術の進歩(医学)」と「法(権利)」を描いていると同時に、それらを超越する「愛(家族愛)」を感じる映画でした。

「死」を意識したとき、人は、「生」を意識する。死は人間がコントロールできないということ。「死」を意識した「生」とは、「愛」を与え合うこと。最も印象的なシーンは、白血病のケイトが亡くなる直前、母を抱擁する姿であった。

母の白血病ケイトに対する愛、ドナーであるアナの姉に対する愛、そして、ケイトの母・兄弟に対する愛
人智の及ぶ範囲を教えられた、考え深い映画だった。

それにしてもアメリカの作家がこんな作品を書くとは驚きです。
どんな人種でもいろんな考え方の持ち主がいる。偏見の目で見てはいけないと改めて考え直しました。

初等教育機関における情報教育アンケート

 

カトリック教会-バザーの日

初等・中等教育において、情報・ネットワーク革命に対して、どのような付合い方をしていくのかという点について考察してみます。最近、「モンスターペアレント」、「学級崩壊」、「いじめ」などなど様々な問題が出てきています。これらの原因は何でしょうか?

私は、①核家族化②情報機器のネットワーク化が直接的な問題と考えます。(もちろん社会背景の変化が前提としてあります。)情報機器が単体で利用する効率化の時代から、コンピュータ同士が繋がる時代へと変遷してきています。さらに、コンピューターは、ユーザエクスペリエンスを高度化させています。この情報機器を小学生・中学生が使い始めたのは大きな問題と考えます。

例えば、両親・子供2名の一般的な家庭。両親は、教育費・住宅の購入計画・将来の年金対応から両親共働きの家庭とします。姉は中学生、弟は小学生。出生率を考えると1人っ子の場合も多いでしょう。核家族化が進んでおり、東京近郊のベッドタウンに分譲マンションを購入し、祖父母は、他の地域と想定してみます。

朝食は慌しく、家族4人で取り、姉は中学校、弟は小学校に行きます。学校の授業が終わり、PM3時に、弟が先に家に帰ってきます。この頃、姉は受験を前にし、塾通いです。母親・姉は、PM7時に家に着きます。この間、家に一人きりで4時間時間を過ごします。携帯電話・ゲーム・パソコンが家にあります。弟は、情報機器のとりこになります。コンピュータ上のネットワークにはまります。理由は、共同体に属したいという人間の本能的欲求です。

個人は、共同体に属すことにより「個」が生まれます。上記の環境下における「共同体」とは何になるでしょうか?多くの時間、「情報機器で繋がった共同体」と接する事になります。「情報機器で繋がった共同体」とは何であるのか。情報ネットワークにおける「個」もしくは「対象」とは、何であるのか。「個」は、「共同体」に影響を及ぼすことで、「個」が確立していきます。小学生の弟は、「情報機器」を通じて、「共同体」の中で「個」を発揮していきます。ネットワーク上で「共同体」が「個」に及ぼすのは、人間の5感のうち、視覚もしくは聴覚に訴えかける「情報」のみです。小学生低学年は、両親そして血縁関係者そして、共同体から愛され・守られる必要があります。特に、幼少期から小学校低学年までは、「触れ合う感覚」が将来の人生に大きな影響を及ぼします。初等中等教育機関における、情報・ネットワークとの付合い方、そいて地域共同体のあり方を考えてみる必要があるような気がします。

情報・ネットワークの付き合い方については、私が小学校時代に言われたように、テレビは何時間までとか、情報機器は何時間までとかいう事でよいのでしょうか?情報機器の世界は、単に科学技術の範囲から、共同体そして、体験・経験(Wiiやロボット技術など)を含む概念まで膨らんできています。

嫁がカトリック信者であるため毎週、日曜日には教会に行きます。今日は、年に2度あるバザーの日でした。教会は「愛」が約束された場所であり、この中での共同体は、安心できるのではないでしょうか?下記の写真は、カトリック教会のバザーにボーイスカウトが店を出しています。何人かの大人の下で、子供が楽しそうに働いています。私は、カトリック教徒ではありませんが、日本における地域共同体の重要性と、組織化を考えて生きたいと思います。





















科学技術の進歩には、法(権利)及び、新技術の接し方や、倫理の問題が発生してきます。
しかし、最も必要なものは、今も昔変わらない「愛」ではないかと考える今日この頃です。

2009年10月31日土曜日

新聞は何新聞を読まれますか?

日本国の進むべき方向性に関するアンケート

アンケートへのご協力よろしくお願いいたします  <m(_ _)m>

日本の行く末・・・

民主党が勝利し、こども手当て・ダム問題・年金問題・JAL(本質的には企業年金問題)など多くの課題が山積している。民主党が勝利した社会的背景として、小泉政権下の郵政民営化を象徴とした資本主義経済の徹底(=自由の追求)が格差社会を生み出した。当時は、村上ファンドや、ホリエモンそして、六本木ヒルズ族など、資本主義=「金」を中心とした資本主義経済を推進した。神(=悪魔?)の見えざる手が市場調整する。神の手=人間の欲求である。人間の要望を満たすための、競争である。

自由追求の結果として、格差社会を生んだ。規制緩和を進めていたので、競争社会となるのは当然の帰結である。インターネット及びネットワークの技術革新は、ネットワーク化、グローバル化を急速に進めた。需要市場がネットワーク化及びグローバル化した。これに伴い、配送革命及び、決済革命がおきた。これまでの唯物論から、情報及び情報+サービスが結びつく事により、これ自体がオブジェクトとなり得る時代となる。大競争時代における強者は一握りである。幸いにして日本は、日本語圏であるため、他言語圏は、参入障壁がある。しかし、日本語圏内では、一握りの勝者と大半の弱者という構造が出来上がる。

私は、共産主義者ではないが、過去に読んだ事のある、マルクスの「資本論」を思い出す。近代化・国際化の進展を評価した上で、「発達した資本主義社会では、矛盾の拡大により必然的に共産主義革命が発生する」と予言している。連合を母体とする民主党が勝利し、今、マルクスが予測した時代が到来している気がする。資本主義経済が高度に発達し、資本主義経済から高度資本主義経済下の社会主義に移行しつつあると感じる。自民党の支持母体は、経団連をはじめとする経済会。一方、民主党の母体は、連合である。

「富の再配分」「教育・医療の無償化」に民主党は力を入れている。高度資本主義経済下の社会主義が実現し大きな政府が出来る気がする。予算規模も過去最大である。

相反する「自由」と「平等」。資本主義か社会主義か。金か平等か。
共産主義は、権力が集中するリスクを持つ。資本主義経済は、今後格差社会を生む。

最後に提言したいことがある。日本は、資本主義経済では解決できない限界を迎えているように思える。日本は過去、独自の文化・道徳・経済を形成してきた歴史を持つ。列強西欧に、アジア開放を訴え、唯一、戦えた国である。現代日本人はその子孫である。日本語・日本文化・日本の歴史について事実を検証し、自分自身でもう一度、再検証し、自身の家系を辿り、どのような生き方を聞いてみたり日本人の尊厳を取り戻すことが必要だと考える。

アメリカ資本主義経済の究極の姿は、格差社会である。社会主義経済の帰結は全体主義・権威主義である。共通する事は、1部の人間が富・権力を得る構造である。

P.F.ドラッカーが晩年、非営利団体のマネジメントに言及した。ここにヒントがあると考える。変化の時代、資本主義・社会主義で解決できる問題なのか。過去から脈々として流れる日本人としての作法をもう一度見直し、日本人としての尊厳を取り戻す事で、解決策を見出せる気がする。物質、快楽(経験)はお金で購入できる。しかし、本当の幸せとは?幸せは、お金で買えないのではないかと思う。個人が個人含む共同体への愛が、安心できる社会を構築できる基盤なのではないかという直感がある。

私自身、ストレス発散で、快楽におぼれ、本当に大切なものを失いそうになった。
もちろんお金で買えるものではない。今は、お金を使いすぎてお金はないが幸せで生活が出来る。今まで当たり前と思っていた所に幸せがあるかもしれない。ただ、それにしても「金」という悪魔はやっかいものです。悪魔(神?)の手が私の心を揺さぶります。動じない道徳観を身につけないと思う。

2009年10月28日水曜日

情報技術の流れ①-将来を予測する情報処理

10月25日日経新聞に、行き先予測し情報配信という記事がありました。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20091025AT1D1700624102009.html
NTTドコモも頑張っているなと感じます。

但し、世界を見渡して見るると、IT業界におけるチャレンジャー企業である「Google」に脅威を感じます。「Google」は、検索キーワード情報、メール情報、Cookie情報、GPS情報を有します。
世界の情報を整理するGoolgeは、これらの情報を使って何が出来るか・・・

上記NTTドコモレベルの話ではないかもしれません。。

急速にPC利用が発達し、PC上での操作情報を用意に取得できます。これにより個人の行動特性・購買特性など、個々のDNA(?)がパターン化出来ることになります。情報取得がいっそう進むことにより、社会科学・心理学の仮設検証が用意になります。これにより演繹法に近い形での予測が出来る世の中になってくのではないか。より一層、未来の不確実性が最小化される世の中になってくるのではないかと感じます。

情報を取得する方法がより一層容易になってくると考えられます。
情報を旨く収集し、分析し、目的に向けての行動に結びつけることができる組織及び個人が勝者となる気がします。

2009年10月27日火曜日

指の骨に日々が入ったかもしれません

今日は、ボクシングジムで2時間練習後、日本拳法の道場にいってきました・・・
疲れました。中指の骨が日々入ったかもしれません。。
年齢も年齢なのであまり無理しちゃだめっすね(T^T)

情報に振り回されない⑥-個人情報と性善説・性悪説

情報技術と法律。技術発展と法律は常に、おっかけあいです。
ドッグイヤーと呼ばれる現在、情報技術の発展が著しい時代はもうしばらく続くと考えられます。
情報技術の発展を法律が追いかける情報の中で、一時的に時間のグレーゾーンが存在します。

このような状況の中で、情報を扱う企業の倫理的な規範が求められます。

一昨日の日経新聞では、NTTドコモが地図情報を利用して自分自身がどこに行くべきなのかという事を知らせてくれる機能が出来たとありました。これは、過去の行動特性から個人がどのような経由で移動するのかをパターン化しておりその情報を提供し経路を選択するというものです。

今後、購買行動・行動特性などITメディアが発達することによりこのような個人情報利用が発達するかと考えます。信頼できるIT企業は、商利用に関するこれらの情報に対して確認を求めてきます。

利用者は、どのような情報を提供し、どのようなサービスを得る事が可能なのか自身の個人情報保護ポリシーに従って判断する事をお勧めします。

それにしても凄い時代になったものです。

2009年10月22日木曜日

コミュニケーション②-量的コミュニケーションにより繋がる

コミュニケーション①では、数学的なグラフ理論に沿った、量的なコミュニケーションについて述べ。ましたグラフ理論に則り量的コミュニケーションについてもう少し述べます。グラフ理論には最短経路問題という問題があります。数学的には、2つのノードを結ぶ最短経路は何かを問う問題です。

(ご参考)
http://www.deqnotes.net/acmicpc/dijkstra/

この理論は、コミュニケーションに置き換えた場合、人と人が「繋がる」ための最短経路になると認識しています。例えば、私が日本の首相に会いたいと思えば、知り合いを数名を介する事で会うことができるということがいえます。但し、この問題の結論は、あくまで数学上の問題です。

大切な事は、質的コミュニケーションと認識しております。次回、コミュニケーション範疇においては、質的コミュニケーションについて言及したいと考えております。

教育と武道②-武士道とキリスト教

 嫁が外国人という事もあり、日曜日にはカトリック教会に行きます。私は、言語は、国を統制する基礎であり、宗教は国を統制する最大の手段と認識します。「愛」、「正義」、「国家」は、ソクラテス・プラトンのギリシア時代以降語られます。

キリスト教の「愛」とは、「アガペー」です。「アガペー」とは、神の人間に対する無償の愛を意味します。「武士道」の著者である新渡戸稲造は、「義」・「勇」・「仁」・「礼」・「誠」・「名誉」・「忠義」を説きました。実はこれらは繋がっています。日本は、国を統制する宗教がありません。ではなにで、統制できたか。実は、武士道だと理解しています。武士道は、武士だけでなく農工商にもこの道徳は並々と伝わっていました。そして新渡戸稲造(5千円札の人物)がキリスト教であった事は非常に興味があります。

まだまだ不勉強なおすぎですが武士道の理解は下記です。これが本当の日本人としての精神ではないのかと考えております。

仁義が中心の考えであり、それを支える人の内面が「勇」「名誉」「誠」ではないかと理解しています。海外に行った際、感じる事は、日本人は礼儀正しく、あまり話をしないと言われます。これは、武士道から脈々と流れる精神だと考えます。話をしない=誠(有限実行もしくは、無限実行)であり、礼を重んじる日本人の道徳観は、名誉に思えることであると感じます。

明治維新以降の教育は、日本人のアイデンティティーであり、初等教育においては、教育についても改めて見直す必要があるのではないかと考えます。

[おすぎの理解]

「義」

-「勇」
-「名誉」
-「誠」
 +
「仁」→日本の愛

↓

「礼」

仁義・礼儀

とりとめなく考えていますが、現状このような認識です。

2009年10月21日水曜日

情報に振り回されない⑤-本当に必要な情報

情報に振り回されない②-パレートの法則について、本当に必要な提案に必要な情報は、全体の情報の20%~30%で全体の70%~80%になると述べました。また、どのような情報になるのかについても言及致しました。最重要な情報は、下記の2つの情報と考えます。

***最重要な情報*********************
1.顧客とは誰なのか?
2.顧客の過去・現在
3.顧客は、本当は何を望んでいるのか?
************************************


1.顧客とは誰なのか?

本当の顧客とは誰でしょう。対峙しているお客様でしょうか?例えば、私は、情報システム担当者とお会いします。それでは、本当に情報システム担当者が顧客になるでしょうか?例えば、企業の会計システムであれば、本当の顧客とは誰でしょうか?例として、東証1部上場企業としましょう。証券取引法により内部統制報告書が財務諸表同様に開示が義務づけられています。この会計システムを利用するには誰が顧客でしょうか?

お金を支払うのは日々接している情報システム担当者の企業です。どのようなシステムを提案すればよいでしょうか?情報システム担当者からRFPが提示されます。果たしてそのRFPに沿った提案でよいのか。私の考えは、顧客が理解していること、そして顧客が理解していないことを理解する必要があると考えます。この場合の顧客は、直接的な顧客は、経営者であり、満足させるべき対象は株主であると考えます。


2.顧客の過去・現在

顧客には過去があり現在があります。過去とは、対象顧客が歩んできた歴史その歴史が現在に繋がっています。現在は、顧客を取り巻く環境です。外部環境を踏まえた上で、内部環境である、営業・マーケティング・工場のライン部門及びスタッフ部門である人事・財務・経営管理部・社長室がどのようになっているのか。外部環境は、新聞やニュースから情報を取得できます。内部環境は、ヒアリングするしかありません。顧客の過去・現在を把握した上で、3.顧客は、本当は何を望んでいるのかを理解できると認識しております。


3.顧客は、本当は何を望んでいるのか?

顧客の過去・現在の情報をヒアリングする事で、顧客の中期目標・中期計画そして短期事業計画(≒予算)を理解する事ができます。これに基づき、接触している担当者は話をします。短期事業計画の何に日もづくのかを客観的データを基に判断します。短期事業計画に紐づかない発言をする場合、差異がある場合その点を徹底的に確認する場合があります。それが個人の目的であるのであれば、上長に対するヒアリングが必要かもしれません。担当者と上長が異なった判断をすることは、様々な理由でよくあることです。


[結論]

情報には、外部環境に関する情報と、内部環境に関する情報に分類されます。今回は主に内部環境に関する情報について記載しておりますが夫々重要な点は下記かと考えます。

・外部環境に関する情報
日経新聞・日経ビジネス・エコノミストもしくは、海外の新聞や雑誌により把握可能です。また、公的機関のHPなどからも情報を取得可能です。

・内部環境に関する情報
今回の本題ですが、人とコミュニケーションすることによって取得できる情報が殆どです。人と会うこと真剣な目で、相手の目を見て話す事。相手を思いやる心を持って接すること。これらの情報取得に必要な条件です。本当の顧客及び、関わる人の立場・役割全てを考慮したうえ判断する必要があると考えます。


2009年10月11日日曜日

コミュニケーション①-量的コミュニケーション

営業の最優先の仕事。それは、コミュニケーションと頭では理解しています。私自身、完全に理解できていないと思っています。一言にコミュニケーションといっても抽象的です。私が人に対峙する際に、最重要と考えている事は、相手を慮る気持ちです。本ブログのURLは、give deeply with liveとしています。常にこの気持ちを忘れないようにという意味を込めこのようなURLとしました。

仕事上、コミュニケーションをとる際に重要視すべきと今私が考えることは下記です。
①顧客・パートナーの本当に実現したい事を把握する。
②社内の人のミッションを把握し適切な役割をお願いする。
③社内の人には、適切なタイミングでお願いをする。

実は、私の苦い経験から上記のような事を考えるようになりました。
組織対組織で仕事をする場合、顧客の本当に実現したい事を実現する、または、それ以上を実現する場合、社内調整が必要となってきます。但し、落とし穴があります。人間が多く関われば関わるほど、コミュニケーションの枝は複雑化します。

N人のプロジェクトメンバーがいた場合、(N-1)!/2のコミュニケーションが出来ます。但し、プロジェクトの構成が、階層構造になっていれば、トップダウンとなりコミュニケーションの枝が激減しますが、顧客と最も接する営業マンが、組織を動かそうと考えた場合には、トップダウンは不可能であり、(N-1)!/2のコミュニケーションを旨くコントロールする必要があります。

例えば、5人のメンバーが絡んでいる場合、4!/2 = 12 のコミュニケーションをコントロールする必要があります。

直接、自分の関わるコミュニケーションは、4人ですが、個々にどのような指示が行き、どのような作業を行っているのかを見ようと思えば、それぞれの枝もしくは、人(グラフ理論でのエッジ)まで見ておく必要があるかと考えています。(階層組織ではないので・・・)

しかもこれは、1事象(イベント)に対して発生するコミュニケーションです。営業がヒアリングしました。これを全てに伝える方法はいろいろとありますが、少なくとも関連する人には必要な情報を伝えるため最大(N-1)!/2の伝え方があります。

目的達成までにM事象発生するのであれば、 最大で、M×(N-1)!/2回のコミュニケーションが必要です。

1回のコミュニケーションにかかる時間をA分とした場合、A×M×(N-1)!/2

[仮説]
顧客への訪問を週に1回(90分)とし、月4回訪問(360分)した場合の仮設で、各変数を設定します。
A=10分
M=10回(1回訪問につき2.5回情報共有)
N=5人

コミュニケーションにかかる時間は、1200分となります。実は、顧客と接する時間の実に、1200/360≒3.3倍が社内コミュニケーションにかかる時間になるのです。また、関連する人が増えれば増えるほどこのコミュニケーションの比率は大変になります。営業はコミュニケーションが最重要と申しましたが、その中でも顧客との時間が最重要です。

[対策]
A(1コミュニケーションにかける時間)を最小化したり、M(顧客とのイベント)を最小化するという考えがあります。しかし、これらは人と人とのコミュニケーションの時間であったり、イベントです。無碍に削ることはできません。最も影響を与える事。それは、Nという変数。つまり関わる人数です。なぜならこれは階乗だからです。10!や、9!を計算してみると分かりますが莫大なコミュニケーションとなります。もちろん最大値として計算していますが。
数式的には、N(関連する社内の人数)を最小化するため、誰がどういう役割で必要なのか、必要なタイミングでの投入するのかを考える必要があります。単純に人を投入すればよいということではなく、顧客への提案に必要な人を適切なタイミングで投入する事が最重要かと考えている今日この頃です。

合わせてプロジェクト発足時の、プロジェクト組織を、階層構造とするのか、グラフ構造とするのか、また、キーマンは誰であるのかを考えることも必要かもしれません。

2009年10月10日土曜日

情報に振り回されない③-プロジェクト商談に必要な情報

顧客への営業提案にあたり必要になる情報があります。提案する物品・サービスの内容により当然必要な情報は異なりますが私の中で、条件に応じて必要となる情報をピックアップしてみました。

[前提事項]
1.営業提案である。(競合がいる。)
2.提案は、物品だけでなくプロジェクト型のソリューションである。

1.営業提案において必須となる情報
孫子の兵法ですが、顧客を知り、敵を知り、己を知ること。これが現代においても適用されると考えています。具体的には、顧客の視点(評価項目)で、敵と己を比較する訳です。比較表という成果物となってきます。

①顧客を知る
・予算
・スケジュール
・目的(Goal)
・顧客要望

②敵を知る
・競合ソリューション
・競合価格
・競合強み
・競合弱み

③己を知る
・自社ソリューション
・自社価格
・自社強み
・自社弱み

2.提案は、物品だけでなくプロジェクト型のソリューションである。

「プロジェクト」とは、「何らかの目的の達成を目指して、一定期間に行われる一回性の活動」と定義されます。ビジネスですので、当然予算項目も必須となります。
プロジェクト型の場合、下記が必要情報です。
・目的
・期間
・予算

提案レベルにおいては、これをお客様が安心できるレベルで、説明する必要があります。
上記を管理(=プロジェクト・マネジメント)内容及び、実現手法を顧客に対して説明する必要があります。成果物としては、下記情報は必須と考えます。
・目的に対する実現手段と実現可能性
・作業手順を分解し、アクションアイテムレベルで落とし込んだクリティカルパスと期間
・詳細なもれのない見積予算

2009年10月9日金曜日

教育と武道

中学校で武道(合気道、柔道、剣道)などが義務化されます。
大きく社会が変化するに従い、これまでの学生とは変わった学生が現れます。本来のDNA事態は、大きく変わることがない訳ですから、結局は、環境の変化が大きな問題と思われます。
中学校に武道を入れるということは、非常に良いことだと思います。私も実は、小さい頃から武道やボクシングなどをやってきました。3年前まで大阪でいる際には、日本拳法の指導員をしておりました。その体験を通じて感じることは、武道は、相手の痛みを知ることができるということです。

日本拳法は、実践格闘技といわれます。自衛隊でも採用されています。剛の拳です。防具を付け合って、殴って蹴って投げて関節、倒れた相手に殴る蹴るがあるの格闘技です。だからこそ相手の痛みを知ることができる。相手の痛みを体で分かる事ができる人間になると思っています。
















大阪の某高級住宅街の中にある日本拳法道場です。日本の核家族化が進み、どんどん過保護そして、塾通いがあります。大きな環境の変化です。その中で道場の果たす役割は大きい。

子供たちは痛みを知り、また、大人もあえて子供が喧嘩してもおこらない。但し、危ないとかやりすぎといった場合には、喧嘩両成敗します。そして子供は覚えていく。コミュニケーションの基本です。当然子供の中で、体力格差がある。ただ、喧嘩の強い子供は、弱い子供に喧嘩を売らないという暗黙のルールを勉強していくのです。



















私は、将来、自分で、道場を持ち、武道の精神を教えたいと思っています。